神戸市東灘区御影中町1丁目8-3
「長引く咳」とは、発症後3週間以上持続する咳嗽(遷延性・慢性咳嗽)のことを言います。発症後3週間未満の咳嗽は急性咳嗽と呼び、その原因の多くは感冒を含む気道感染ですが、持続期間が長くなるにつれ感染症の頻度は低下し、慢性咳嗽(発症後8週間以上の咳嗽)においては感染症そのものが原因となることはまれです。
「咳喘息」は慢性咳嗽の原因疾患として最も頻度が高い疾患です。
喘鳴(ゼイゼイ)や呼吸困難(息苦しさ)を伴わない長引く咳が唯一の症状で、呼吸機能はほぼ正常、気道過敏性が軽度亢進しており、「気管支拡張薬」が有効(症状が軽快・消失)で定義される喘息の亜型(咳だけを症状とする喘息)です。慢性咳嗽の原因疾患として最も頻度が高い疾患です。
咳嗽は、就寝時・深夜あるいは早朝に悪化しやすいのですが、昼間にのみ咳を認める患者様もおられます。症状の季節性がしばしば認められます(例:冬季や花粉症の時期に症状が出やすい)。喀痰を伴わないことが多いが、湿性咳嗽の場合も少なくありません(例:風邪や気管支炎を併発している時)。
小児では男児にやや多く、成人では女性に多いとされています。上気道炎・冷気・運動・受動喫煙を含む喫煙・雨天・湿度の上昇・花粉や黄砂の飛散などが増悪因子です。(例:冬季に屋内から屋外に出た時、台風時期、花粉症時期など)。
呼吸器・アレルギー非専門医における診療で、咳嗽の他に喘鳴や呼吸困難を伴う「典型的気管支喘息」の診断は比較的容易ですが、喘鳴や呼吸困難を認めない「咳喘息」は、当初「喘息」ではないと判断され、適切な治療が行われない場合があります。例えば鎮咳薬(咳止め薬)が長期間処方され、症状の改善が得られず、さらに何週間も苦しむケースがあります。
約20年間前から「長引く咳」に対して、他院(3医療施設(市民病院を含む)にて診療を受け、結局長期間鎮咳薬を処方されていたが、咳は改善せず。患者様は“体質”とあきらめておられたところ、知人の紹介で当院を受診。最終的に「咳喘息」と診断し、適切な治療により咳が消失。20年ぶりに咳のない日常生活を取り戻されたケースがあります。
吸入β2刺激薬が咳に有効であることが咳喘息に特異的な所見であることから、気管支拡張薬で咳嗽が改善すれば咳喘息と診断できます。ただし、COPD(慢性閉塞性肺疾患、通称:タバコ病)の咳に有効であることから、喫煙者では留意が必要です。気管支拡張薬の中ではより安全で気管支拡張作用が強いβ刺激薬の使用が推奨されます。
喀痰中好酸球増多・呼気中NO濃度上昇は、補助診断に有用であるが、低値例も認められます。
最近の研究では、咳喘息において呼気NO濃度(以下、FeNO)がカットオフ値を下回る割合が約半数を占め、FeNOが低値の場合でも咳喘息の診断を除外できないという報告(1)があります。また、遷延性・慢性咳嗽(長引く咳)診療において総合呼吸抵抗測定装置(MostGraph)を用いた検査とFeNO測定(一酸化窒素ガス分析)と合わせて検査することにより、喘息性咳嗽の診断がより確実なものになるという報告(2)もあります。
健康だった30歳代の方が、新型コロナウイルス感染症に罹患。感染当初の症状は発熱・悪寒・頭痛・味覚/嗅覚障害・咳・咽頭痛・鼻汁・鼻閉・倦怠感を認め、典型的な症状が全て揃っていた。保健所からの指示で入院は叶わず自宅療養。自宅療養中にオンライン診療でかかったクリニックから解熱剤や鎮咳薬が処方された。夜間睡眠障害を伴う激しい咳や発熱が続き、大変な思いをしたものの、幸いにも数日後には解熱して10日間の自宅療養が終了。その後、ほとんどの症状が軽快したが、咳だけが続いていた。そのため、耳鼻咽喉科クリニックを受診したが、全く改善せず。何とか社会復帰(職場復帰)したが、会話時に悪化する発作性の激しい咳により仕事に支障が出ていたため、コロナ感染6週間後に当院を受診されました。患者さまのイメージで咳は“コロナ後遺症”だと思っておられたようです。
初診時に詳細な問診や各種検査にて、長引く咳の原因は“コロナ後遺症”ではなく「コロナ感染による咳喘息の症状出現・遷延」を疑いました。問診にて“数年前に3か月の長引く咳”の既往(鎮咳薬は無効)がありました。初診時から喘息治療を開始したところ、咳症状は徐々に改善し、約2週間後には咳が完全に消失。日常生活を取り戻すことができました。
治療方針は「典型的喘息」と基本的には同様であり、吸入ステロイド薬が第一選択薬です。症状や重症度に応じて、長時間作用性β2刺激薬(吸入ステロイド薬/長時間作用性β2刺激薬 配合剤を含む)、ロイコトルエン受容体拮抗薬、徐放性テオフィリン製剤を併用し、吸入ステロイド薬の増量も考慮します。
最近では咳喘息におけるカプサイシン咳受容体感受性が亢進(3)しているという報告に関連して、吸入長時間作用性抗コリン薬(吸入ステロイド薬/長時間作用性β2刺激薬/長時間作用性抗コリン薬 配合剤を含む)の有用性(4)が注目され、重要な治療薬となっています。
経過中に成人では30~40%、小児ではさらに高頻度で喘鳴が出現し、典型的喘息に移行(5)します。診断時からの早期に吸入ステロイド薬を使用することで、典型的喘息への移行率が低下するとされています。
欧米では喘息と後鼻漏が慢性咳嗽の重要な原因とされており、後鼻漏の原因は慢性副鼻腔炎が39%、アレルギー性鼻炎が23%とされています。
慢性副鼻腔炎による後鼻漏は咳嗽の原因となります。しかし、慢性副鼻腔炎の後鼻漏を有する患者さん全てが咳嗽を訴えるわけではないので、その発生機序には不明な点があります。
治療は咳嗽自体を中枢性鎮咳薬などで止めるのではなく、咳嗽の原因である後鼻漏を止めることを優先します。慢性副鼻腔炎の後鼻漏による咳嗽には14員環マクロライド系抗菌薬や去痰薬(気道粘液調整・粘液正常化薬)が有効です。通年性アレルギー性鼻炎の後鼻漏による咳嗽にヒスタミンH1受容体拮抗薬は有効です。
約2か月間の「長引く咳」に対して、他院(呼吸器・アレルギー非専門医)にて咳喘息と診断(診断の方法などは不明ですが…)。吸入ステロイド薬にて約半年間治療していたが、咳は全く改善せず。知人の紹介で当院を受診。問診・アレルギー鼻炎における質問票、詳細な診察、喘息に関する特異的な検査を実施。その結果、咳喘息は否定的であり、最終的に「アレルギー性鼻炎による後鼻漏」と診断。適切な治療により約10日間で咳が消失しました。
半年間にわたって効果のない治療を行い、症状の消えなかった患者さんにとって大変喜んでおられたケースでした。
後鼻漏の原因の23%がアレルギー性鼻炎とされており、気管支喘息患者さんの約80%にアレルギー性鼻炎を合併していることが知られています。咳喘息患者さんにも一定の方が後鼻漏症状を合併しており、後鼻漏症状が咳の改善に悪影響を及ぼすという報告(1)があり、咳喘息患者さまに後鼻漏症状の有無を確認することが重要であり、後鼻漏症状の原因となっているアレルギー性鼻炎などの治療を同時に行うことが肝要です。
文献(1)Nakajima T, Nagano T, Nishimura Y. Retrospective Study of the Effects of Post-nasal Drip Symptoms on Cough Duration. in vivo. May 2021, 35 (3) 1799-1803.
副鼻腔気管支症候群とは、副鼻腔(上気道)と気管支・肺(下気道)に慢性・反復性の好中球性の炎症を合併した病態です。上気道の病変は慢性副鼻腔(一般に上顎洞が主病変部位)、下気道の病変は慢性気管支炎、びまん性気管支拡張症、びまん性汎細気管支炎を示し、上・下気道ともに好中球主体の炎症です。
慢性気管支炎とびまん性気管支拡張症では約40~50%、びまん性汎細気管支炎では約80%に副鼻腔炎を合併するともいわれています。慢性副鼻腔炎患者さんにおいて気管支喘息の合併は20~30%であるが、実際に咳嗽や喀痰を合併しているのは、数%程度であろうと推測されています。副鼻腔気管支症候群の正確な罹患率は調べられていませんが、慢性咳嗽患者さんの8~15%との報告があります。
症状は膿性痰を伴う湿性咳嗽が断続的にあることが特徴です。発熱・喘鳴・後鼻漏がひどくなったり、軽くなったりして長期間継続します。副鼻腔単純レントゲンやCTで上顎洞に陰影を認めますが、骨欠損はありません。内科医は耳鼻咽喉科医と共同で診断治療することが多いです。
これら3つの所見のうち、1つ以上認めることです。
14員環マクロライド系抗菌薬や去痰薬が有効です。
マクロライド少量長期投与に抵抗性を示す副鼻腔炎は、鼻茸を伴う場合が多い。その場合は耳鼻咽喉科医による診療が必要となり、鼻茸の有無を確認します。鼻茸が存在する場合は耳鼻咽喉科による外科的治療が必要となります。
副鼻腔気管支症候群と鑑別を要するものに、好酸球性副鼻腔炎があります。好酸球性副鼻腔炎は気管支喘息を伴う難治性副鼻腔炎であり、好酸球浸潤が優位な炎症を起こしています。耳鼻咽喉科医における診療が重要となります。
「GERD」は最近の我が国における慢性咳嗽の原因疾患として再び注目を集めています
胃食道逆流(gastroesophageal reflux:GER)とは胃酸や胃内容物が胃から食道に逆流することをいいます。GERによって何らかの症状や合併症が惹起された場合を胃食道逆流症( gastroesophageal reflux disease:GERD )と呼びます。
GERDは食道症候群と食道外症候群からなり、後者での呼吸器関連の症状は「明確な関連あり」の咳嗽、喘息、「関連の可能性あり」の特発性肺線維症に分類されます。
GERによる咳嗽の発生機序として、2つの考え方があります。1つは、GERで食道下端部に存在する迷走神経末端が刺激され、反射性に気道に分布する迷走神経を刺激して咳嗽が発生するという考え(reflex theory)であり、もう1つは、食道に逆流した胃内容物が気道に微量誤嚥され、気道炎症を惹起して咳嗽を発生するという説(microaspiration theory, reflux theory)です。加えて、咳嗽により、GERが増加し、咳嗽をさらに悪化させるというthe cough reflux self-perpertuating cycle(咳嗽-逆流自己悪循環)も考えられています。
GERDに伴う咳嗽は、一般的に長期間継続していることが多く、平均の持続期間は約1~6年間という報告もあります。GERDによる食道症状は、胸やけ・口腔内酸味などの症状が代表ですが、食道症状をはっきり訴えないケースも多く存在しており、診断に苦慮する場合もあります。そのため一般的に2つのタイプ①咳嗽が夜間に好発し、胸やけなどの食道炎症状を伴うタイプ、②臥位時や睡眠中には生じにくく、咳嗽は昼間に多く、食道症状が乏しいタイプがあります。
GERDによる慢性咳嗽の横断的検討で、咳は会話(90%)、起床(87%)、食事(74%)などで悪化し、胸焼けは63%で認められるという報告があります。咽喉頭逆流症状(咳払い・嗄声)も過半数で認められます。
病歴の他、問診票(FSSG(F-スケール)、QUEST)が有用です。
重要なことは、胃食道逆流があり、その治療で咳嗽が軽減ないし消失することです。
診断は「咳嗽に関するガイドライン 第2版」を参考に進めていきますが、診断基準内に「咳払い、嗄声などの胃食道逆流の咽喉頭症状を伴う」という項目がありますが、咳払いや嗄声は、感染後咳嗽やアトピー咳嗽にも認められ、紛らわしく、多疾患と混同しないとことも重要です。
胃酸を抑制する治療(プロトンポンプ阻害薬、ヒスタミンH2受容体拮抗薬)が第一選択となります。
最近の知見で、咳喘息に合併するGERDに対する薬物治療に対して、胃酸を抑制する治療は無効で、
胃腸機能調整薬(特に機能性ディスペプシア治療薬(例:アコチアミド塩酸塩など)が有効であるという報告もあります。
低脂肪食の推進、コーヒー・お茶・チョコレート・ミント・柑橘類(含:トマト)の禁止などが有効です。
胃食道逆流を悪化させる危険因子を減らすことも大切です。閉塞性睡眠時無呼吸症候群が合併するのであればその治療をし、心血管系の薬(カルシウム拮抗薬(降圧薬)・硝酸薬(抗狭心症薬))・ステロイド薬・プロゲステロン・β2受容体刺激薬・テオフィリン薬・抗コリン薬・モルヒネなどを使用している場合は、可能であれば、他剤に変更または中止することも検討すべきです。肥満があれば減量に努めましょう。
新型コロナウイルス感染症の後遺症は(以下、コロナ後遺症)、呼吸困難、咳嗽、倦怠感、筋力低下、味覚・嗅覚障害などが主な症状で、20歳代以降の全世代で高頻度に認められており、2~4か月後まで(時には半年以上)遷延することが明らかになっています。
厚生労働科学特別研究事業「COVID-19後遺障害に関する実態調査(中等症以上対象)」の中間報告(2021.6.16)において、入院時と3か月後における咳嗽を自覚している方の割合が報告されました。入院後3か月経過しても咳嗽を自覚しておられる方が11.1~34.1%認められており、コロナ後遺症としての咳によりQOL(生活の質)の低下を来たし、社会復帰の妨げになっている可能性があります。
入院時 | 3か月後 | |
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中等症1 | 64.4% | 11.1% |
中等症2 | 68.3% | 15.9% |
重症 | 67.7% | 34.1% |
【重症度】
中等症1(低酸素血症:酸素投与無)
中等症2(低酸素血症:酸素投与有)
重症(要人工呼吸管理)
厚生労働科学特別研究事業:COVID-19後遺障害に関する実態調査(中等症以上対象)(中間報告):一般社団法人 日本呼吸器学会 2021.6.16 公開
コロナ後遺症については解明されていないことが多く、確立した治療法はなく、対症療法が中心となります。外来診療を受けたCOVID-19患者さん214名を対象とした研究では、亜鉛製剤やビタミンC(アスコルビン酸)の投与を行うことは、症状の持続期間の短縮には寄与しなかったとの報告があります(JAMA Netw Open, 2019. 2(8):p.e198686.)。
一方で、コロナ後遺症と思っていたら、実はコロナの後に他の疾患を発症したというケースであったり、コロナ前に罹患していた疾患が感染を契機に病状が悪化したことを(患者さま・主治医ともに)気付かずに、コロナ後遺症と思い込んでいるケースがあるかもしれません。
1989年に金沢大学の藤村らが学会・論文などで発表・提唱して以来、その病態を追求されている比較的新しい疾患概念です。長引く咳が唯一の症状である「咳喘息」と似ているために一般臨床医(呼吸器・アレルギー非専門医)では診断に難渋するケースが多いと考えます。
「アトピー咳嗽」の病態は、中枢気道(末梢気道に病変はありません)を炎症の主座とし、気道壁表層の咳受容体感受性の亢進を生理学的基本病態とする非喘息性好酸球性気道炎症です。咳喘息や典型的喘息などとともに代表的な好酸球性気道疾患です。
※咳喘息や典型的喘息は気道の中枢気道から末梢気道まで炎症が広がっています。
アトピー素因を有する中年女性に多い咽喉頭の掻痒感を伴う乾性咳嗽で、咳嗽発現の時間帯としては、就寝時→深夜から早朝→起床時→早朝の順に多いとされています。誘因としては、エアコン・タバコの煙(受動喫煙)・会話・運動・精神緊張など様々です。
咳喘息の特異的治療法である気管支拡張薬が無効であることを確認することによって咳喘息を否定した上で、ヒスタミンH1受容体拮抗薬やステロイド薬の有効性を評価します。
咳喘息や典型的喘息との大きな違いは、気管支拡張薬が無効であることです。ヒスタミンH1受容体拮抗薬(抗アレルギー薬の一種)およびステロイド薬が有効です。通常、ヒスタミンH1受容体拮抗薬を第1選択としますが、その有効率は約60%であり、咳嗽を完全に軽快させるためには咳喘息や典型的喘息の治療と同様に、まず吸入ステロイド薬の追加を試みます。咳嗽が強いなど吸入ステロイド薬の使用が困難な場合には、経口ステロイド薬を使用することにより咳嗽の早期軽快が得られます。
予後良好な疾患であり、長期的に典型的喘息の発症や慢性閉塞性換気障害への進行は認めません。(咳喘息のように典型的喘息への移行はありません)咳嗽が軽快すれば治療は中止可能です。なお、4年間の経過で半数の患者様が咳嗽の再燃を認めるが、同じ治療で軽快するという報告があります。
「長引く咳」の原因が単独疾患の場合、その診断・治療は比較的容易と言えます。しかし、原因疾患が2つ以上合併していることも多く、診断・治療に難渋することがあります。
例えば「咳喘息」「胃食道逆流症」合併症例の場合、当初「咳喘息」のみを原因疾患と思い込み、吸入ステロイド薬などの「咳喘息」に対する治療のみを継続していても、咳の完全な消失(改善)は得られず、経過途中で「胃食道逆流症」を合併していることに気づき、胃酸抑制薬などを併用することにより、咳が完全に消失するというケースをしばしば経験します。
同様に「咳喘息」「後鼻漏」合併症例の場合も、「咳喘息」に対する吸入ステロイド薬などの喘息治療のみでは症状の改善が得られず、詳細な問診などにより「後鼻漏」を合併していることに気付くことがあります。後鼻漏の原因となっている「アレルギー性鼻炎」や「副鼻腔炎」への治療介入により、咳が消失するというケースもしばしば経験します。
その他、「長引く咳」の原因には様々な疾患が考えられます。前述の疾患は比較的直接生命予後に直接関与しない病態ですが、時には重篤な状態になってしまうような感染症(肺結核、インフルエンザ、マイコプラズマ呼吸器感染症、クラミジア呼吸器感染症、百日咳など)、また診断・治療が遅れると死に直結するような重篤な疾患(肺塞栓症、うっ血性心不全、肺炎、肺癌など)が潜んでいることがあり、注意が必要です。