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長引く咳

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長引く咳とは

「長引く咳」とは、発症後3週間以上持続する咳嗽(遷延性・慢性咳嗽)のことを言います。発症後3週間未満の咳嗽は急性咳嗽と呼び、その原因の多くは感冒を含む気道感染ですが、持続期間が長くなるにつれて感染症の頻度は低下し、慢性咳嗽(発症後8週間以上の咳嗽)においては感染症そのものが原因となることはまれです。

長引く咳の原因疾患

咳の原因は単独疾患とは限りません

「長引く咳」の原因が単独疾患の場合、その診断・治療は比較的容易と言えます。しかし原因疾患が2つ以上合併していることが多く、診断・治療に難渋することがあります。

例えば「咳喘息」「胃食道逆流症」合併症例の場合、当初「咳喘息」のみを原因疾患と思い込み、吸入ステロイド薬などの「咳喘息」に対する治療のみを継続していても、咳の完全な消失(改善)は得られず、経過途中で「胃食道逆流症」を合併していることに気づき、胃酸抑制薬などを併用することにより、咳が完全に消失するというケースをしばしば経験します。

同様に「咳喘息」「後鼻漏」合併症例の場合も「咳喘息」に対する吸入ステロイド薬などの喘息治療のみでは症状の改善が得られず、詳細な問診などにより「後鼻漏」を合併していることに気付くことがあります。後鼻漏の原因となっている「アレルギー性鼻炎」や「副鼻腔炎」への治療介入により、咳が消失するというケースもしばしば経験します。

咳喘息と後鼻漏の合併:詳しくはこちら

その他「長引く咳」の原因には様々な疾患が考えられます。前述の疾患は比較的直接生命予後に直接関与しない病態ですが、時には重篤な状態になってしまうような感染症(肺結核、インフルエンザ、マイコプラズマ呼吸器感染症、クラミジア呼吸器感染症、百日咳など)、また診断・治療が遅れると死に直結するような重篤な疾患(肺塞栓症、うっ血性心不全、肺炎、肺癌など)が潜んでいることがあり、注意が必要です。

長引く咳の治療では原因疾患の治療だけでなく、咳過敏症症候群(CHS)も重要なTreatable traits*の1つです。

*Treatable traits:「治療可能な特性(traits)」を個々の患者ごとに見出して治療介入する考え方

長引く咳の治療には、原因疾患の治療でも改善が不十分な咳と原因不明の咳からなる「難治性慢性咳嗽」があり、咳嗽の難治化が問題になることがあります。その根底に「咳過敏症(CHS:cough hypersensitivity syndrome )」という概念があり、それを見過ごして行われる「原因疾患」だけの治療では、しばしば不成功に終わることがあり、注意が必要です。

難治性慢性咳嗽/咳過敏症症候群:詳しくはこちら

「長引く咳」の原因疾患の中で頻度の高い疾患の一部

咳喘息

「咳喘息」は慢性咳嗽の原因疾患として最も頻度が高い疾患です。

概念

喘鳴(ゼイゼイ)や呼吸困難(息苦しさ)を伴わない長引く咳が唯一の症状で、呼吸機能はほぼ正常、気道過敏性が軽度亢進しており、「気管支拡張薬」が有効(症状が軽快・消失)で定義される喘息の亜型(咳だけを症状とする喘息)です。慢性咳嗽の原因疾患として最も頻度が高い疾患です。

症状(臨床像)

咳嗽は、就寝時・深夜あるいは早朝に悪化しやすいのですが、昼間にのみ咳を認める患者さんもおられます。症状の季節性がしばしば認められます(例:冬季や花粉症の時期に症状が出やすい)。喀痰を伴わないことが多いのですが、湿性咳嗽の場合も少なくありません。(例:風邪や気管支炎を併発している時)

小児では男児にやや多く、成人では女性に多いとされています。上気道炎・冷気・運動・受動喫煙を含む喫煙・雨天・湿度の上昇・花粉や黄砂の飛散などが増悪因子です(例:冬季に屋内から屋外に出た時、台風時期、花粉症時期など)。

呼吸器・アレルギー非専門医における診療で、咳嗽の他に喘鳴や呼吸困難を伴う「典型的気管支喘息」の診断は比較的容易ですが、喘鳴や呼吸困難を認めない「咳喘息」は、当初「喘息」ではないと判断され、適切な治療が行われない場合があります。例えば鎮咳薬(咳止め薬)が長期間処方され、症状の改善が得られず、さらに何週間も苦しむケースがあります。

【院長が経験した忘れることのない咳喘息症例】

約20年間前から「長引く咳」に対して、他院(3医療施設(市民病院を含む)にて診療を受け、結局長期間鎮咳薬を処方されていたが、咳は改善せず。患者さんは“体質”とあきらめておられたところ、知人の紹介で当院を受診。最終的に「咳喘息」と診断し、適切な治療により咳が消失。20年ぶりに咳のない日常生活を取り戻されたケースがあります。

診断

吸入β2刺激薬が咳に有効であることが咳喘息に特異的な所見であることから、気管支拡張薬で咳嗽が改善すれば咳喘息と診断できます。ただしCOPD(慢性閉塞性肺疾患、通称:タバコ病)の咳に有効であることから、喫煙者では留意が必要です。気管支拡張薬の中ではより安全で気管支拡張作用が強いβ刺激薬の使用が推奨されます。
喀痰中好酸球増多・呼気中NO濃度上昇は、補助診断に有用ですが、低値例も認められます。
最近の研究では、咳喘息において呼気NO濃度(以下、FeNO)がカットオフ値を下回る割合が約半数を占め、FeNOが低値の場合でも咳喘息の診断を除外できないという報告(1)があります。また遷延性・慢性咳嗽(長引く咳)診療において総合呼吸抵抗測定装置(MostGraph)を用いた検査とFeNO測定(一酸化窒素ガス分析)を合わせて検査することにより、喘息性咳嗽の診断がより確実なものになるという報告(2)もあります。

長引く咳はコロナ後遺症だと思っていたら、実は…

【院長が経験した新型コロナウイルス感染症(軽症)を契機に咳が6週間以上遷延した咳喘息症例】

健康だった30歳代の方が、新型コロナウイルス感染症に罹患。感染当初の症状は発熱・悪寒・頭痛・味覚/嗅覚障害・咳・咽頭痛・鼻汁・鼻閉・倦怠感を認め、典型的な症状が全て揃っていました。保健所からの指示で入院は叶わず自宅療養。自宅療養中にオンライン診療でかかったクリニックから解熱剤や鎮咳薬が処方されました。夜間睡眠障害を伴う激しい咳や発熱が続き、大変な思いをしたものの、幸いにも数日後には解熱して10日間の自宅療養が終了。その後、ほとんどの症状が軽快しましたが、咳だけが続いていました。そのため耳鼻咽喉科クリニックを受診しましたが、全く改善せず。何とか社会復帰(職場復帰)したものの、会話時に悪化する発作性の激しい咳により仕事に支障が出ていたため、コロナ感染6週間後に当院を受診されました。患者さんのイメージで、咳は“コロナ後遺症”だと思っておられたようです。

初診時に詳細な問診や各種検査にて、長引く咳の原因は“コロナ後遺症”ではなく「コロナ感染による咳喘息の症状出現・遷延」を疑いました。問診にて“数年前に3か月の長引く咳”の既往(鎮咳薬は無効)がありました。初診時から喘息治療を開始したところ、咳症状は徐々に改善し、約2週間後には咳が完全に消失。日常生活を取り戻すことができました。

治療

治療方針は「典型的喘息」と基本的には同様で、吸入ステロイド薬が第一選択薬です。症状や重症度に応じて、長時間作用性β2刺激薬(吸入ステロイド薬/長時間作用性β2刺激薬 配合剤を含む)、ロイコトルエン受容体拮抗薬、徐放性テオフィリン製剤を併用し、吸入ステロイド薬の増量も考慮します。

最近では咳喘息におけるカプサイシン咳受容体感受性が亢進(3)しているという報告に関連して、吸入長時間作用性抗コリン薬(吸入ステロイド薬/長時間作用性β2刺激薬/長時間作用性抗コリン薬 配合剤を含む)の有用性(4)が注目され、重要な治療薬となっています。

予後

経過中に成人では30~40%、小児ではさらに高頻度で喘鳴が出現し、典型的喘息に移行(5)します。診断時からの早期に吸入ステロイド薬を使用することで、典型的喘息への移行率が低下するとされています。

文献

  1. Asano T, Takemura M, Fukumitsu K, et al. Diagnostic utility of fraction exhaled nitric oxide in prolonged and chronic cough according to atopic status. Allergology International. 2017;66:344-350.
  2. 市川裕久, 永井仁志, 森規子ら. 咳嗽診療における呼気中NOとモストグラフの有用性の検討. 市川裕久ら. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌. 2015, 25(2):253-257.
  3. Nakajima T, Nishimura Y, Nishiuma T, et al. Cough sensitivity in pure cough variant asthma elicited using continuous capsaicin inhalation. Allergology International. 2006 Jun;55(2):149-55.
  4. Fukumitsu K, Kanemitsu Y, Asano T et al. Tiotropium attenuates refractory cough and capsaicin cough reflex sensitivity in patients with asthma. J Allergy Clin Immunol Pract. 2018: 6: 1613-20.e2.
  5. Nakajima T, Nishimura Y, Nishiuma T, et al. Characteristics of patients with chronic cough who developed classic asthma during the course of cough variant asthma: a longitudinal study. Respiration. 2005 Nov Dec;72(6):606-11.

後鼻漏による咳嗽

疫学・臨床像

欧米では喘息と後鼻漏が慢性咳嗽の重要な原因とされており、後鼻漏の原因は慢性副鼻腔炎が39%、アレルギー性鼻炎が23%とされています。

慢性副鼻腔炎による後鼻漏は咳嗽の原因となります。しかし慢性副鼻腔炎の後鼻漏を有する患者さん全てが咳嗽を訴えるわけではないので、その発生機序には不明な点があります。

治療

治療は咳嗽自体を中枢性鎮咳薬などで止めるのではなく、咳嗽の原因である後鼻漏を止めることを優先します。慢性副鼻腔炎の後鼻漏による咳嗽には14員環マクロライド系抗菌薬去痰薬(気道粘液調整・粘液正常化薬)が有効です。通年性アレルギー性鼻炎の後鼻漏による咳嗽にヒスタミンH1受容体拮抗薬は有効です。

【院長が経験した後鼻漏症例】

約2か月間の「長引く咳」に対して、他院(呼吸器・アレルギー非専門医)にて咳喘息と診断(診断の方法などは不明ですが…)。吸入ステロイド薬にて約半年間治療していましたが、咳は全く改善せず。知人の紹介で当院を受診。問診・アレルギー鼻炎における質問票、詳細な診察、喘息に関する特異的な検査を実施。その結果、咳喘息は否定的であり、最終的に「アレルギー性鼻炎による後鼻漏」と診断。適切な治療により約10日間で咳が消失しました。

半年間にわたって効果のない治療を行い、症状の消えなかった患者さんが大変喜んでおられたケースでした。

【咳喘息との合併】

後鼻漏の原因の23%がアレルギー性鼻炎とされており、気管支喘息の患者さんの約80%にアレルギー性鼻炎を合併していることが知られています。咳喘息の患者さんにも一定の方が後鼻漏症状を合併しており、後鼻漏症状が咳の改善に悪影響を及ぼすという報告(1)があり、咳喘息患者さんに後鼻漏症状の有無を確認することが重要で、後鼻漏症状の原因となっているアレルギー性鼻炎などの治療を同時に行うことが肝要です。

文献(1)Nakajima T, Nagano T, Nishimura Y. Retrospective Study of the Effects of Post-nasal Drip Symptoms on Cough Duration. in vivo. May 2021, 35 (3) 1799-1803.

副鼻腔気管支症候群による咳嗽

概念・定義

副鼻腔気管支症候群とは、副鼻腔(上気道)と気管支・肺(下気道)に慢性・反復性の好中球性の炎症を合併した病態です。上気道の病変は慢性副鼻腔(一般に上顎洞が主病変部位)、下気道の病変は慢性気管支炎びまん性気管支拡張症びまん性汎細気管支炎を示し、上・下気道ともに好中球主体の炎症です。

疫学

慢性気管支炎とびまん性気管支拡張症では約40~50%、びまん性汎細気管支炎では約80%に副鼻腔炎を合併するともいわれています。慢性副鼻腔炎の患者さんにおいて気管支喘息の合併は20~30%ですが、実際に咳嗽や喀痰を合併しているのは、数%程度であろうと推測されています。副鼻腔気管支症候群の正確な罹患率は調べられていませんが、慢性咳嗽患者さんの8~15%との報告があります。

症状(臨床像)

症状は膿性痰を伴う湿性咳嗽が断続的にあることが特徴です。発熱・喘鳴・後鼻漏がひどくなったり軽くなったりして長期間継続します。副鼻腔単純レントゲンやCTで上顎洞に陰影を認めますが、骨欠損はありません。内科医は耳鼻咽喉科医と共同で診断治療することが多いです。

診断のポイント

  1. 呼吸困難を伴わない咳嗽(しばしば湿性)が8週間以上継続する。
    1. 後鼻漏、鼻汁および咳払いといった副鼻腔炎に伴う自覚症状。
    2. 上咽頭や中咽頭における粘液性ないし粘液膿性の分泌物(後鼻漏)の存在ないし副鼻腔炎に伴う他覚的所見が存在する。
    3. 副鼻腔炎を示唆する画像所見がある。

これら3つの所見のうち、1つ以上認めることです。

治療

14員環マクロライド系抗菌薬去痰薬が有効です。
マクロライド少量長期投与に抵抗性を示す副鼻腔炎は、鼻茸を伴う場合が多いです。その場合は耳鼻咽喉科医による診療が必要となり、鼻茸の有無を確認します。鼻茸が存在する場合は耳鼻咽喉科による外科的治療が必要となります。

鑑別診断

副鼻腔気管支症候群と鑑別を要するものに、好酸球性副鼻腔炎があります。好酸球性副鼻腔炎は気管支喘息を伴う難治性副鼻腔炎であり、好酸球浸潤が優位な炎症を起こしています。耳鼻咽喉科医における診療が重要となります。

胃食道逆流症(GERD)による咳嗽

概念・定義

GERDは「胃内容物が食道に逆流すること(GER)によって生じる食道粘膜障害と煩わしい症状のいずれか、または両者を引き起こす疾患」と定義され、食道粘膜障害を有する「逆流性食道炎」と、症状のみを認める「非びらん性胃食道逆流(nonerosive reflux disease:NERD )」に分類されます。
健常者でも生理現象として1日50回程度のGERが無症候性に生じますが、GERD患者では食道への胃内容物の逆流によって食道症状である胸やけ、吞酸、おくび(げっぷ)(定型症状)や非心臓性胸痛(非定型症状)を自覚します。
食道外症状として、GERDとの関連性が確立されている症状に「喉頭炎」「咳」「喘息」「歯の酸蝕症」、GERDとの関連が推測される症状として「咽頭炎」「副鼻腔炎」「特発性肺線維症」「反復性中耳炎」があります。

発生機序

GERによる咳嗽の発生機序として、2つの考え方があります。1つは、GERで食道下端部に存在する迷走神経末端が刺激され、反射性に気道に分布する迷走神経を刺激して咳嗽が発生するという考え(reflex theory)で、もう1つは、食道に逆流した胃内容物が気道に微量誤嚥され、気道炎症を惹起して咳嗽を発生するという説(microaspirationtheory, reflux theory)です。加えて、咳嗽によりGERが増加し、咳嗽をさらに悪化させるというthe cough reflux self-perpertuatingcycle(咳嗽-逆流自己悪循環)も考えられています。

症状(臨床像)

refluxによる咳には食道裂孔ヘルニアなどの恒常的なLES弛緩(胃から食道への胃内容物の逆流防止作用の破綻)の関与が大きく、臥位で逆流しやすいため、夜間に好発し食道症状を伴うことが多いです。この機序が想定される咳嗽患者は高齢で肥満の方が多いです。
一方、臥位時や睡眠中には生じにくいreflexによる咳は、昼間に多く食道症状が乏しく、比較的若年で他の原因疾患の合併例が多いです。実際にGERDは他の疾患とともに慢性咳嗽の原因となることが多く、その頻度としては咳喘息が多いです。
GERDが寄与する咳嗽患者は寄与しない患者に比し、罹病期間や鎮咳が得られるまでの期間が長期で、疾患特異的治療による咳の改善率が低いです。GERDによる慢性咳嗽患者の臨床像は、会話/起床/食事に伴う咳の悪化、咳払い、胸やけ、発声障害などの報告があります。なおGERD咳嗽患者さんのうち食道症状を呈するのは25%に過ぎないとの報告があります。

診断

胃カメラで逆流性食道炎がなくてもGERDは否定できません!

病歴が重要で、問診票も有用です。GERDによる咳嗽に対するFSSG(F-スケール)が有用ですが、消化器症状にほぼ特化した質問票であり、食道症状が乏しい患者さんも少なくないため、他の質問票(HARG質問票など)の併用も有用とされています。
上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)は食道裂孔ヘルニアや食道のびらん(逆流性食道炎)の確認には有用ですが、GERD咳嗽患者の約2/3で逆流性食道炎を認めません。

治療

1)薬物治療
① 酸分泌抑制薬
PPI(プロトンポンプ阻害薬)、P-CAM(カリウムイオン競合性アシッドブロッカー)
② 消化管運動機能改善薬
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(アコチアミド)、六君子湯、ドーパミンD2受容体拮抗薬(イトプリドなど)、セロトニン 5-HT4受容体作動薬(モサプリド)など
2)保存的療法

単独での有用性はありませんが、GERDの危険因子(肥満、喫煙、激しい運動、飲酒、カフェイン、チョコレート、高脂肪食、炭酸飲料、柑橘類、トマト製品など)の回避はしばしば有効です。
食事療法、肥満患者(BMI:25kg/m2以上)における減量、逆流対策(就寝前3時間以内の絶飲食、睡眠中の上半身挙上)は薬物治療よりも優先されます。

参考文献
「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版 2025(一般社団法人 日本呼吸器学会 発刊)」

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)による咳嗽

COVID-19の病態と臨床像

COVID-19は severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)による感染症であり、2019年に中国武漢で最初に発見され、世界中に拡がりパンデミックを起こしました。SARS-CoV-2の主要な感染経路としては無症状病原体保有者を含む感染症の咳、くしゃみ、会話などによって排出されたウイルスを含む飛沫やエアロゾルの吸入が考えられます。潜伏期間は1~14日とされ、曝露後5日程度で発症することが多いです。
COVID-19の急性期の症状としては発熱が最も多く(78%)、咳嗽(57%)、倦怠感(31%)と続いています。

COVID-19の罹患後症状の定義

COVID-19の罹患後症状は post COVID-19 condition, post-COVID conditions, long COVID, post acute COVID-19 syndrome(PACS)などとよばれていますが、その病態についていまだ不明な点がたくさんあります。COVID-19罹患後に、感染性は消失したにもかかわらず、他に明らかな原因がなく、急性期から持続する症状や、あるいは経過の途中から新たに、または再び生じて持続する症状全般を言います。罹患後症状が永続するかは不明です。

WHOは「post COVID-19 condition」について以下のように定義しています。
COVID-19後の症状は、新型コロナウイルス(SARS CoV-2)に罹患した人にみられ、少なくとも2カ月以上持続し、また他の疾患による症状として説明がつかないものです。通常はCOVID-19の発症から3カ月経った時点にもみられます。

症状には、疲労感・倦怠感、息切れ、思考力や記憶への影響などがあり、日常生活に影響することもあります。
咳嗽はCOVID-19の急性期において主要な症状ですが、COVID-19の罹患後症状の一つとしても重要です

  • 感染前にCOVID-19ワクチンを接種していた者は、未接種者に比べて罹患後症状の頻度が低かったと報告されています。
  • 罹患後症状の頻度は、成人の方が小児より高いです。また成人・小児とも、罹患後症状は経時的に改善していきますが、一部の患者さんでは長期的に症状が残存します。
  • 罹患後症状を有する割合は、アルファ・デルタ流行期と比較し、オミクロン流行期で低かったと報告されています。

COVID-19の咳・痰の頻度と重症度/予後の関係

COVID-19において咳がみられる機序としては、神経に感染し炎症を起こす神経炎症と神経免疫調節を介した2つの経路が考えられています。
COVID-19患者の急性期において、咳は有症状者の50~70%にみられると報告されています。一方、COVID-19の罹患後症状における咳の頻度は17~34%であり、持続期間は2~3か月またはそれ以上と報告されています。
COVID-19罹患1年後の咳の頻度が2.5~4.9%であったという報告があります。
COVID-19の咳は乾性咳嗽が一般的ですが、なかには多量の分泌物や粘稠な分泌物を呈する患者さんもいます。重篤なCOVID-19では粘稠な痰を伴う患者さんの割合が高いとの報告があります。

COVID-19感染後の長引く咳に対して、患者さん・主治医ともにCOVID-19の罹患後症状と思い込み、鎮咳薬を長期に渡り服用していたが改善せず。
しかし実は感染前にすでに罹患していた原因疾患(例:咳喘息や気管支喘息など)が感染を契機に悪化しているケースもあります。

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COVID-19の咳・痰に対する薬物療法

1)咳嗽の治療

リン酸コデイン/コデインシロップ、経口塩酸モルヒネ ②ガバペンチン、プレガバリン

※NICEガイドラインでは、重篤な咳については第一選択としてコデインを、第二選択としてモルヒネの使用を推奨しています。COVID-19感染後の持続性の咳は咽頭過敏や咳感受性の亢進によって起きると考えられており、ガバペンチンやプレガバリンの投与が検討されています。

2)喀痰の治療

カルボシステイン

※カルボシステインは、気管支粘液の糖蛋白質の修飾を介して痰の粘度を低下させ、粘液の除去をもたらすため、SARS-CoV-2の感染過程で発生する可能性のある細菌の重複感染を防ぐのに役立つ可能性があるとされています。

COVID-19の咳・痰に対する非薬物療法

NICEガイドラインでは、18歳以上の成人のCOVID-19症例の軽症咳嗽に対してはスプーン1杯のハチミツの摂取が推奨されています。

参考文献
「新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き (別冊) 罹患後症状のマネジメント第3.1版(2025/2/26 発刊)」
「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版 2025(一般社団法人 日本呼吸器学会 発刊)」

アトピー咳嗽

概念・病態

1989年に金沢大学の藤村らが学会・論文などで発表・提唱されました。長引く咳が唯一の症状である「咳喘息」と似ているために一般臨床医(呼吸器・アレルギー非専門医)では診断に難渋するケースが多いと考えます。

「アトピー咳嗽」の病態は、中枢気道(末梢気道に病変はありません)を炎症の主座とし、気道壁表層の咳受容体感受性の亢進を生理学的基本病態とする非喘息性好酸球性気道炎症です。咳喘息や典型的喘息などとともに代表的な好酸球性気道疾患です。

※咳喘息や典型的喘息は気道の中枢気道から末梢気道まで炎症が広がっています。

症状(臨床像)

アトピー素因を有する中年女性に多い咽喉頭の掻痒感を伴う乾性咳嗽で、咳嗽発現の時間帯としては、就寝時→深夜から早朝→起床時→早朝の順に多いとされています。誘因としては、エアコン・タバコの煙(受動喫煙)・会話・運動・精神緊張など様々です。

診断

咳喘息の特異的治療法である気管支拡張薬が無効であることを確認することによって咳喘息を否定した上で、ヒスタミンH1受容体拮抗薬やステロイド薬の有効性を評価します。

治療

咳喘息や典型的喘息との大きな違いは、気管支拡張薬が無効であることです。ヒスタミンH1受容体拮抗薬(抗アレルギー薬の一種)およびステロイド薬が有効です。通常、ヒスタミンH1受容体拮抗薬を第1選択としますが、その有効率は約60%であり、咳嗽を完全に軽快させるためには咳喘息や典型的喘息の治療と同様に、まず吸入ステロイド薬の追加を試みます。咳嗽が強いなど吸入ステロイド薬の使用が困難な場合には、経口ステロイド薬を使用することにより咳嗽の早期軽快が得られます。

予後

予後良好な疾患であり、長期的に典型的喘息の発症や慢性閉塞性換気障害への進行は認めません。(咳喘息のように典型的喘息への移行はありません)咳嗽が軽快すれば治療は中止可能です。なお4年間の経過で半数の患者さんが咳嗽の再燃を認めますが、同じ治療で軽快するという報告があります。

睡眠時無呼吸症候群による咳嗽

咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版 2025 p139(図1)

閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)における慢性咳嗽の合併頻度と病態

  • 慢性咳嗽患者の約40~80%がOSA(obstructive sleep apnea:閉塞性睡眠時無呼吸)を有するとの報告があります。
  • OSA患者における慢性咳嗽には、肥満、GER(胃内容物が食道に逆流すること)、上・下気道炎症、咳感受性亢進など種々の病態が関与するとされています。

睡眠時無呼吸症候群による咳の診断と治療

  • OSAの症状は、いびき・睡眠時の無呼吸(周囲から指摘される)、日中の眠気、夜間の中途覚醒・頻尿などが主で、集中力の低下や起床時の頭痛なども認められます。
  • 海外の報告では、OSA関連の咳を呈する患者さんの特徴として、いびき・夜間の胸やけ・咳・鼻炎症状、高BMI、女性、日中の眠気が乏しいなどが挙げられています。
  • 中等症以上(AHI:20以上)ではCPAP療法が標準治療であり、CPAPは睡眠時無呼吸における慢性咳嗽に有効であると報告されています。

睡眠時無呼吸症候群:詳しくはこちら

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